ルーミートの市場開発において毎月の売り上げが多少の凸凹があったものの平均5〜10万円という期間がほぼ25年続いた。
それ以前は月1万円とかだった。
オーストラリアのカンガルー肉業者は市場開発を諦めないカンガルーマンに呆れ果てていたものの、少量ながらも販売してくれた。
当時の会社(1995~2005年)の事業構成は、有名ブランドスポーツシューズ向けカンガルー革の輸入販売が中心で売上比率の97%以上を占めていた。
残りの3%は日本国内履物用材料市場の将来性に疑問を抱き新しく始めたペットフードとカンガルー食肉事業の売上だった。
しかし同じ動物資源を活用した事業とは言っても、皮革材料から食肉・ペットフードは全く異なる産業だ。全てゼロからの出発となる。
それでも現在では、両部門合わせて年間5千万円以上売り上げ計上できる所まで来た。
ペットフード部門市場開発は別の機会に譲るとして、これからルーミート食肉部門市場開発で低空飛行期に何をやったか記憶をたどってみたい。
箇条書きにすると、
1.オーストラリアでどのように市場開発がなされたかの研究。
料理本やメディア露出記録の収集、特に料理本出版に携わった料理人との交流。
2.オーストラリア国内カンガルー食肉業者との交流と人間関係確立。
3.オーストラリア政府のカンガルー産業に関する資料収集と分析。
4.管理栄養士との交流と人間関係の確立。
5.アスリートとの交流。
6.自分自身がルーミート(カンガルー肉)を日常の食生活に組み入れることを実践。
7.同時に自分自身で草アスリートとしての生活を実践する。
8.国内食肉業界と外食業界の勉強。
9.ルーミート名とロゴの登録商標取得。
10.ルーミートを評価してくださる方々との交流。
11.オーストラリア大使館との関係確立。
大まかに分けて上記11項目ぐらいか。
今でもそうなのだが常に直面していた(る)問題は、大した売り上げもあがっていない時点でこうした活動に費やす時間、エネルギーそしてお金に周囲の理解が得られないことだった。
要するに”ルーミート(カンガルー肉)が日本の消費者に受け入れられる筈がない”という固定観念が前提あるからだ。
つまり売れるはずもない得体の知れないお肉を追求している”変な人”と周囲からは見られていた(る)らしい。。
振り返ってみると子供の頃からこの年になるまでずっと変な人生を歩んできて、”変な人”で人生が終わる状況が見えてきたようだ。
いずれにしてもこれまで市場開発を継続できたのはこの”変な人”に理解を示しサポートしてくれた方々が居たからこそだ。
次に続く・・・
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